2008年6月アーカイブ

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御願(ウグヮン)の際に、最も大事なことは「言霊」(ことだま)だという人がいる。言霊とは、簡単にいえば「ことばに宿ると考えられた霊の力」のことである。霊的職能者はことさら、そのことを強調してみせる。
 オバアたちのつぶやく「ウグヮンクトゥバ」は、耳をそばだてても、外にもれ聞こえてくることはめったにない。当のオバアたちにとってみれば、自分の思いが、自分の胸のうちが神さまにとどけばそれで良いわけで、他人さまに聞こえまいが、分かるまいが一向に気にかける必要はないのである。それだから、ぶつぶつというつぶやきが、はっきりとした言葉になっていなくても、心の中で念じるだけでも神さまはきちんと聞きとどけてくださる、と信じているのである。
 仏教のお経やキリスト教の聖書、イスラム教のコーランのような経典があるわけではないので、一言一句、正確に唱えなければならないウグヮンクトゥバなんていうものはないはずだ。
 代々伝えられているウグヮンクトゥバがあれば、それを唱えれば良い。地域に伝わっているものがあれば、それを唱えることになる。ない場合、あるいは忘れ去られてしまっている場合は、自分の言葉で唱えれば良いことになる。
 正当なウグヮンクトゥバなんてものがあるはずもないし、強いて言えば、オバアが唱える言葉こそが正当なものだと言える。ウグヮンクトゥバによって不都合が生じるなんてあり得ない話である。
 言うまでもないことだが、ヒヌカンが沖縄固有の信仰だからといって、沖縄(ウチナー)口(グチ)しか解さないということは決してない。今どきの若い主婦の大和(ヤマト)口(グチ)にしたって、きちんと理解してくださるはずだ。そうでなければ、沖縄口の堪能でない主婦の祈りはヒヌカンに通じないことになるだろうし、大和嫁にいたってはヒヌカンへの祈りはできないことになってしまう。ヒヌカンは断じてそのような了見のせまい神さまではない。
 言霊の重要性を否定するものではないが、ひとり霊的職能者の専売特許ではないはずである。

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