第6回 石に寄せる厚い信仰
沖縄人は、一見すると何の変哲もない自然石(岩石)を崇拝するという古俗を、今なお頑に守り続けている。 「ビジュル」(霊石)がそうであるし、「ヒヌカン」(火の神)ももとをただせば自然石を並べたものであった。古式のウコール(拝所などに見られる)も石を削って造られていたし、「石敢當」も本来は石造りであった。さらに言えば、「ヒンプン」も石を積みあげたものが見られるし、「シーサー」も村獅子に限って見ればほとんどが石造りである。 自然石に超自然的な力を感じ、神秘的で不思議な力を持つと信じて信仰するというのは、古代より受け継がれてきた沖縄人のDNA(遺伝子)と言えるのかも知れない。 自然石の持つ力は、時に悪鬼・悪霊などの侵入を阻止し、自分たちを守ってくれると信じた。また時には、その力によって五穀豊穣をもたらし、子孫を繁栄させてくれると信じた。そして、共同体である村々を守護してくれると信じたのである。 それだからこそ、自然の石に「石敢當」と刻み込んだのも、「獅子像」を彫り込んだのも信仰の妨げにはならなかった。いやむしろ、石にもともと具備している超自然的な力に新たな霊力が加わり、いよいよ強力になると考えたのだろう。そして、沖縄人の信仰生活に見事に溶け込み、愛され続けてきたのであろう。 今回から数回にわたり、石信仰の中でも沖縄人の心によほどにフィットしたと思われる「シーサー」について述べていくことにする。
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